2009年8月21日金曜日

法縁

8月14日、私は大阪駅近くのビルの一室で10人ほどの人たちと会合を持ちました。この会合を可能にしてくれたのは、私の大学時代の同級生だった女性ですが、今年のはじめ頃にあった同窓会で、私に仏教講座のようなものをやってくれ、と頼んできたのです。その方も私と同様70歳近くになって、元気な間に仏教の話しを一度きっちりと聞きたいと思い始めたのです。私が定年退職したと知って、今なら頼めると思ったとのことです。

会場探しはちょっと大変でした。貸部屋はあちこちにあるのですが、仏教講座だ、と言うと、たちまち「宗教関係の人たちの会合はすべて断っています」と言って電話を切られます。宗教、と言うとどれもあやしげな訳の分からないことを言う団体だと思っているらしいです。稽古事や文学鑑賞となると喜んで貸しています。それだけ迷いが深いのだと言うことに気付かないのです。

家内のリンダがそのビルの貸し室について知っていたので、先ほど申した女性にその部屋のことを話すと、すぐに部屋を借りる申請に行ってくださり、私たちの活動を「古典文学研究会」としました。仏教書も古典文学ですから。その女性は大学時代の友達何人かにあたり、私は以前高槻市で仏教講座をやっていた時のメンバーの方々にお知らせしました。それに高校時代の同級生1人にもこの会について話しました。その方は今までずっと会社で働き、それなりの成功もしてきたのですが、どうも人生で何か物足りないものを感じていたそうです。仏教書を何冊も読んだものの納得できず、一度きっちりした仏教の話しを聞きたいと思っていたそうです。日本ではお寺や神社はたくさんありますが、本当の教えに出遇うことは実にまれなのです。こういう私もハワイにいた時に親鸞聖人の教えに出遇いました。

8月14日に会場に行ってみると、高校時代の同級生が1人、大学時代の同級生が3人、高槻の仏教講座の会員だった人が4人、そして相愛大学の若い助手が1人、来ていました。これは実に驚くべきことで、これら4つのグループの人たちは、私の人生の4つの異なった段階でご縁のあった人たちです。私は皆さんを知っていますが、これらの人たちはお互いに知りません。これこそ、仏縁、法縁であり、仏の力が実際に働いている証左でしょう。私は講演をする時は、いつでも質問を受け付けて、質疑応答を重ねることによって、お互いに理解を深めていく、という方法をとります。

次の会合は9月7日(月曜日)午後1時半です。教材としては、中村元訳注・岩波文庫『ブッダ最後の旅』(南伝大般涅槃経)を使っています。もしご興味があれば、(06-6612-2461新井)までお電話ください。

Connected through Dharma 法縁

On August 14, I met a group of people at Osaka City Lifetime Study Center near Osaka Station. About ten persons gathered. This gathering was made possible by one of my former college classmates, Ms. Kazuko Matsuda, who asked me to give lectures on the Buddha's teaching for her because she had never seriously listened to such a lecture. Getting closer to 70, she feels she has to hear the Dharma while she is still in good health, and having heard that I have retired, she decided to ask me to give such lectures. I readily accepted her request.

My wife Linda found about the possible availability of a rental room at Osaka City Lifetime Study Center and I suggested to Ms. Matsuda that she should contact them and try to rent a room once a month. To avoid giving an impression that we are a dubious religious group, she registered our group in the name of Association for Studying Classical Literature. We are not lying, anyway. She contacted some of our former college classmates and I informed the members of my former Dharma class in Takatsuki about this new Dharma class. I also invited one of my highschool classmates who I happened to talk with during a class get-together held ealier this year. He said that all his life he had worked for a company and had some success as a businessman, but that he was always feeling that something important was lacking in his life. He had read many books on Buddhism, but he was never satisfied. In Japan, there are many temples and Shinto shrines, but it's rare that one has a true encounter with the Buddha Dharma.
On August 14, I was happily surprised to meet one former highschool classmate, three former college classmates, four former members of the Takatsuki Dharma class and one young office secretary from Soai University. This is amazing. These four groups of people are from the four different stages of my life. I know them all, but they have met each other for the first time. This is real proof that the power of the Buddha and the power of the Dharma IS at work. This we call Butsu-en and Ho-en, which can be translated "being connected through the Buddha and through the Dharma. As usual, I encourage my listeners to ask questions and by answering those questions, my listeners and I can deepen our understanding of the Dharma.

We will meet on September 7, at 1:30 at the same place. We are using "The Last Journey of the Buddha, or the Sutra on the Buddha's Attainment of Nirvana" translated by Dr. Hajime Nakamura. If you are interested, please call 06-6612-2461 (Arai)

2009年8月19日水曜日

ドイツ語の勉強

8月3日から大阪駅近くのゲーテ・インスティトゥートでドイツ語の「超集中講座」を受けています。実は2002年の10月から2003年の7月まで同じところでドイツ語を学び始めて、初級コース(A-1-1とA-1-2)を終えたのですが、大学の仕事で忙しくて、それ以上続けられませんでした。ドイツ語に真剣に挑戦するのはこれが2回目です。

なぜドイツ語を学びたいのか、と聞く人がいます。実際、自分でも理由が分からないのです。しいて言えば、できるだけ外国と外国の文化に対して窓を大きく開けておきたい、という欲求からでしょう。大阪外大の学生だった頃、一度ドイツ語の授業を取り始めましたが、途中でやめました。ハワイ大学にいた時も、私のサンスクリットの教授が、今までに勝れたサンスクリストやインド史の専門家がドイツから出ているから、ドイツ語をやれ、と言われたのですが、実行しませんでした。今、大学を定年退職して少し時間もできたし、今やらなければ、年を取りすぎると勉強しにくくなるだろうと思ったので、またゲーテ・インスティトゥートの門をたたいたのです。

月曜日から金曜日まで毎朝9時半に授業が始まり12時45分まで15分の休みを挟んでぶっ通しで授業があります。先生は30代後半の日本人男性ですが、この方のドイツ語の高い修得度には頭が下がります。授業はほとんどドイツ語で通されます。生徒の状態に細かく気を配り、少しでも疑問があると丁寧に答えてくれます。日本人に対する外国語の教え方の手本を見せてもらっているようなものです。もう2日たつと、私の所属するA-1-2の授業は終わりますが、今後も続けて勉強し、いつかドイツの友人たちとドイツ語で話せるようになりたいです。できればドイツ語で法話もしたいですが、それはずっと先のことでしょう。

ところで私のクラスには13人ほどの生徒が登録していて、今の段階で10人ほどがしぶとくがんばっています。多くは大学生で、大学院生もいます。芸術系大学の学生で、近い将来ドイツに留学する予定の人も何人かいます。ほかに、30代40代の社会人もいて、その人たちも仕事の中から時間を捻出してがんばっています。年齢から言うと、もちろん私がすべての生徒の中で一番年寄りでしょう。でもみんな私を友達として扱ってくれるので、気が楽です。

2009年8月16日日曜日

Studying German  ドイツ語の勉強

Since August 3 I have been enrolled in the "superintensive German course" at Goethe Institute near Osaka Station. From October 2002 to July 2003, I took the beginning German course at the same institution but had to stop it in the middle because I became very busy with the work at Soai University. This is the second attempt to master the language.

Some people ask me why I am taking German lessons. I don't know the answer myself. When I was an undergraduate, I enrolled myself in the Beginning German course, but didn't complete it. When I was in Hawaii, my Sanskrit professor urged me to study German because Germany had produced many excellent Sanskrists and specialists in Indian history. Even so I didn't seriously study German. Now I have begun to feel that acquiring some mastery of German is a challenge I must pursue before I get too old.

The lesson begins at 9:30 and ends at 12:45 every morning from Monday to Friday. My teacher is a Japanese man, but I have been very much impressed with his mastery of German. He runs the class almost entirely in German. He is very helpful and I learn from him how to teach a foreign language to Japanese students. In two days, I am completing the A-1-2 course, which is one rank above the real beginners' course. I will continue to study the language so that some day I can speak with my German friends in German. If possible, I would like to deliver my Dharma talk in German, but that will be many years from now.

Incidentally there are 13 students in my class and now about 10 are hanging on to the course. They are mostly university students. Some of them are music majors and plan to go to Germany in the near future. There are some office workers, too. Naturally I am the oldest one of all the students and teachers. They are kind to me.

2009年8月8日土曜日

地位もお金も役に立たない状態

こんにちは、皆さん。毎日蒸し暑い日が続きますが、お元気ですか。私は7月17日から30日まで、本山主催の安居(あんご)に参加していました。安居というのはもともと雨期にお釈迦様の弟子たちが同じ屋根の下に集まって、お釈迦様や高位の仏弟子から説法を聞いたことから始まっています。本願寺派では毎年上に述べた時期に龍谷大学の本館で安居を開催しておられます。私は今まで何回も案内をいただいていたのですが、大学の仕事があるため参加していませんでした。今回はすでに定年を迎えて時間をやりくりできるので参加することにしたのです。

安居そのものの体験はまたの機会にお話ししますが、今回は初日の夜に起こったことをお話しします。初日は、参加者全員が集まって、開繙式(かいばんしき)が行われ、そのあと、安居の最後まで続く3つの講義の初回が15分ずつありました。すべて終わったのは昼前でした。その時、やはりどこかに宿泊しないと最後まで続けられないことに気付きました。朝は7時15分に始まりますし、持ってくる教科書がとても重いのです。私は大阪から一番電車に乗って通おうと思っていましたが、とても無理だと思いました。幸運なことに、本願寺国際センターにお願いすると、30日までの宿泊を許してくださいました。しかし宿泊の準備をしていなかったし、教科書ももっと持ってこなければならないので、一度家に帰ることにしました。国際センターの職員の女性が私に部屋と建物のカギを渡してくれて、「遅くなって帰ってこられた時は・・・」と説明を始められたのですが、私は「分かっている、分かってる。勝手知ったる他人の我が家だから」と言って最後まで聞きませんでした。以前何年か前に止まった時、遅くなって帰ってくると、後ろのゲートにカギがかかっていなくて、そこから構内に入ってから建物のカギを使って中に入ったのです。私は今回もまったくその通りだと思ったのですが、この説明を聞かなかったことで、あとで大変後悔することになりました。

大阪に帰り、衣類やタオルそれに教科書を集めて京都に夜11時頃に帰着しました。ところが国際センターの後ろのゲートに来ると、カギがかかっているではありませんか!私はゲートをばんばん叩いたり、ブザーを押したりして何度もセンターの前や後ろに回って中の管理人に連絡しようとしましたが、誰も起きてくれません。とうとう30分ののち、どこか近くのホテルか宿屋で泊まろうと思いました。幸いお金もクレジットカードも持っていましたから。ところが真夜中では、ほとんどのホテルも宿も堅く入り口が閉ざされています。やっと入り口にカギのかかっていないホテルを二つ見つけましたが、どちらも真夜中に飛び込んでくるものを留めてくれません。拒否されました。このように本願寺のまわりをあちこち歩き回ったのですが、どうにもなりません。真夜中過ぎでは電車も走っていませんから、大阪にも帰れません。暗澹たる気持ちで本願寺聞法会館に来ると幸いに脇のドアのカギがあいていました。中に入り、フロントデスクの電話から管理人に電話をかけると、出てきてくれて、国際センターに電話をかけてくれました。やっと午前1時頃本願寺国際センターの中に入れましたが、聞法会館の人の助けがなかったら、公園か道路で眠らなければならないところでした。

京都の町を真夜中、重い荷物をひっさげ、ホテルに宿泊を拒否されて惨めな気持ちで歩き回っている時に思ったのは、私がホームレスの人たちとまったく違わない、ということです。この状況では、私の築き上げた社会的地位(名誉教授、僧侶、博士など)や財産(何枚かの万円札とVisaのゴールドカード)もまったく意味を失いました。本当に私は人間の形をした生物的存在に過ぎなかったのです。

ここに私の体験を書いたのは、少しでもホームレスと言われる人たちの気持ちを体験できたからです。私は一晩だけ、しかも2,3時間だけ、戻るところも寝るところもなく、唯一救いと思ったホテルの人たちからも拒否されただけで、本当に大きい深い穴に転落するような絶望感を味わいましたが、おそらくホームレスの人たちはその絶望感を日夜体験していることでしょう。これを読んだ方々も、どうか自分のできる範囲内で、困っている人たちに救いの手を差し伸べてくださるよう、お願いいたします。