9月1日から3日まで私は京都大学で開かれた「世界サンスクリット学会」第14回大会に参加していました。実は大会は今日9月5日まで開かれているのですが、私は3日の夕方、帰宅しました。世界34カ国から500人を超えるサンスクリット学者が集まって、17の分野に分かれて発表と討議を繰り広げました。
私はハワイ大学の博士課程にいた頃(1971-79)、ジャイナ教徒の書いた文書をかなり読んでいました。私のサンスクリットの先生は故ウォルター・マウラー博士で、大学院にいた8年間、リグ・ヴェーダのサンスクリット、パーリ語、プラクリット語、古典サンスクリット語など、多くの面でお世話になりました。しかし1975年に浄土真宗に出遇ってから、そちらの方がもっと重要になり、博士課程を終えた1979年以降、ほとんどサンスクリットには手を着けておりません。
しかし、この30年間、なにかしらやり残したことがあるような気がしていました。ハワイ大学にいた頃、私の先生方はもちろん、さまざまな方々から物心両面にわたるサポートを受けました。せっかく書いた博士論文を出版することは私の先生方の希望でした。しかしもう30年もたっていますから、そのまま印刷に回すわけにはいきません。今の私から何か新しいものを付け加えなければ意味がありません。
そういうわけで、博士論文を書いてちょうど30年になる今、たまたまサンスクリット学会が開かれたものですから、参加することにしたのです。その歴史分野に出席している時、発表者の一人がコンピュータをつなげて、保存してあるファイルをスクリーンに映し出していたのですが、私は突然、大変な衝撃と喜びを感じました。その方のファイルの一つに"Arai, Prabandhacintamani"とあったのです。明らかにその方は、Graduate Dissertation Internationalから購入されたのでしょう。あとでその方と話をすると、今でもその分野では私の博士論文が最もよい資料なのだそうです。元気が出ました!何だか30年前に別れた親友に再会した感じでした。
もう一つ忘れてはならないことは、昨日9月4日の午後7時半から、サンスクリット学会の一環として、大阪大学外国語学部(前大阪外国語大学)の学生によるヒンディー語劇「夕鶴」が上演されたことです。指揮をしたのは2年前に定年退職された溝上富夫名誉教授です。この方は、外大時代には私よりも1年下だったのですが、とてもヒンディー語のよくできる方で、特に学生とヒンディー語劇をするのに情熱をかたむけておられた方です。今までに何度も学生を連れてインドやイギリスに渡ってヒンディー語劇を上演してきました。その貢献で、インド政府から勲章を受けられました。私は今まで何回も招待を受けたのですが、一回も見に行っていませんでした。今回はおそらく溝上教授がヒンディー語劇を指導する最後になるだろうと、思われるので、夕方に出かけていきました。溝上教授は劇の始めと終わりにサンスクリット語で挨拶しました。劇は素晴らしかったです。学生たちも本当に劇中の人物になりきって演じていました。観劇していた多くの人たちも劇に引き込まれており、最後には立ち上がって拍手をしていました。
こういう風に、私の定年退職後の生活はだんだん忙しくなっています。来週9月11日から18日まで、浄土真宗本願寺派の特派講師として、カナダに向かいます。

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